「負ののれんって、そもそも何?」
「会計上どうやって処理されるの?」
M&Aについて調べていて、負ののれんという言葉を目にしたことはありませんか?
言葉からはイメージしづらく、ピンとこないですよね。
そこで今回は、負ののれんについて、基本的な知識から会計・税務上の取扱い、具体例まで徹底的紹介します。
この記事を読めば、負ののれんに関する疑問はなくなりますよ!
1.負ののれんとは?
まずは、負ののれんの概要について説明します。
負ののれんは「のれん」と表裏一体の関係にあるため、どちらもしっかりと理解しておく必要があります。
以下からはのれんの概要についても紹介しますが、さらに細かい説明についてはこちらの記事もご覧ください。
(1)のれん
のれんとは、買収などのM&Aの際に生じる、「売り手企業の純資産額と買収価額の差額」のことです。
この差額がプラスの値であるとき、その差額のことを「のれん」と呼びます。
例えば、A社が純資産10億円のB社を15億円で買収するとき、A社は5億円分ののれんを支払っていることになります。
この5億円は、例えば不動産や生産設備とは異なり、財務諸表に計上することのできない目に見えない価値(簿外資産)、すなわち、B社のブランド価値であるともいえます。
のれんは、企業の財務諸表等に日頃から数字として現れているわけではなく、M&Aの際に買い手企業側が計上するものです。
のれんはブランド価値のほかにも、企業のもつ知的財産や技術力、人的資源や地理的要因など、様々な要因を元に、売り手企業と買い手企業の協議を通じて決定されます。
(2)負ののれん
のれんが負の値で生じた場合を、負ののれんと称します。
具体的には、「売り手企業の純資産額よりも低い価額で買収した」場合です。
例えば、A社が純資産10億円のB社を8億円で買収するとき、この差額2億円が負ののれんです。
2.負ののれんが生じる原因3つ
通常、M&Aの場合には売り手企業の簿外資産や買収によるシナジー効果などを期待して、(正の)のれんが生じることが一般的です。
しかし、逆にこれらの効果が期待できない場合、すなわち、買い手企業が売り手企業を低く評価する要因がある場合には、負ののれんが生じます。
のれん自体の構成要素が非常に複雑であるため、負ののれんが生じる原因を一概に述べることはできません。
以下からは、負ののれんが発生する主な原因を3つ、紹介します。
(1)簿外債務の存在
売り手企業に簿外債務がある場合、負ののれんが生じる場合があります。
簿外債務とは、一言で言うと貸借対照表に計上されていない債務のことです。
企業が簿外債務を抱えているケースは決して珍しくなく、企業規模に関係なく見受けられます。
例えば、保証債務(他社や他人に対する連帯保証など)や、デリバティブ(金融派生商品の含み損)、未払いの給与や退職金などが簿外債務にあたります。
これらの債務は財務会計と税務会計の処理の異同によって発生しますが、M&Aの際にはしっかりと調査され、事前に買い手企業に開示されます。
こうした簿外債務が多額であり、M&A後の経営リスクであると評価された場合には、負ののれんが発生する場合があります。
(2)法務リスク等の存在
売り手企業にトラブルがあり、損害賠償や慰謝料などの支払いリスクを抱えている場も、負ののれんが生じる原因となります。
こうした法的リスクはM&A後に支払い義務をも継承する買い手企業にとって、金銭的負担のみならずブランドイメージの悪化などの影響を及ぼすためです。
そのため、法的義務を負ってる場合や、請求が係争中である場合には、将来の損益を見込んで買収価格が低く設定されます。
(3)経営状況が悪い
売り手企業の経営が健全ではない場合も、負ののれんが発生する場合があります。
例えば赤字経営が続いている企業であれば、当然倒産のリスクが高くなるため、その分だけ企業価値としては低く評価されます。
とはいえ、M&Aにおいて赤字企業が買収されるケースは決して珍しくありません。
売り手企業のもつ知的財産やM&Aによるシナジー効果によって経営回復を成し得る自信が買い手企業にあれば、むしろ「安い買い物」として歓迎されるケースさえあります。
また、赤字企業を買収することには一定の節税効果があるため、コストを抑えたM&Aとして近年注目されています。
3.負ののれんの会計と税務
ここまでは、負ののれんの意義と、主な発生原因3つを紹介してきました。
以下からは負ののれんの会計・税務上での取り扱いについて紹介します。
のれん・負ののれんは、いずれもそのままの名前で帳簿上に登場するわけではないので最初は戸惑うこともあるとは思いますが、のれんの意義を思い出しつつ確認していきましょう。
負ののれんに関する処理を理解する際には、(正の)のれんとの異同について注意すべき必要があるため、ここでは簡単にのれんの取り扱いについても紹介します。
(1)負ののれんの仕訳
まずは(正の)のれんの会計上の取り扱いについて説明します。
会計上、のれんは貸借対照表と損益計算書に計上され、会計上は無形固定資産として取り扱い、損益計算書では販売費および一般管理費の区分に表示されます。
一方、負ののれんは、日本会計基準・国際会計基準の違いに関係なく、いずれにおいても「一括利益計上処理」として発生益仕訳されます。
負ののれんが生じた場合、買い手側は当該事業年度の利益(特別利益)として発生益仕訳します。
ただし、負ののれんが生じた場合、即座に特別利益として仕訳できるわけではありません。
負ののれんが生じる場合には、純資産の計算結果に漏れや誤りがないかを確認し、計算ミス等がなければ特別利益として仕訳することができます。
(略)
(1)取得企業は、すべての認識可能資産及び負債が把握されているか、また、それらに対する取得原価の配分が適切に行われているかどうかを見直す。
(2)(1)の見直しを行っても、なお取得原価が受け入れた資産及び引き受けた負債に配分された純額を下回り、負ののれんが生じる場合には、当該負ののれんが生じた事業年度の利益として処理する。
こうした会計基準が負ののれんにだけ設けられているのは、負ののれんの発生という現象自体が異常であるという経済の考え方がベースにあります。
(2)負ののれんの償却
(正の)のれんは日本会計基準では最大20年で定額減価償却され、国際会計基準では償却をせずに減損テストと、必要があれば減損処理を行います。
一方、負ののれんは、買い手企業の当該事業年度の利益として一括計上されるため、(正の)のれんのように減価償却する必要はありません。
(3)負ののれんの税務
ここまではのれん・負ののれんの会計上の処理について説明してきましたが、税務上の取り扱いは会計上のものとは異なるため注意が必要です。
税務上では、のれんに相当するものが「資産調整勘定」として、負ののれんに相当するものが「差額負債調整勘定」として取り扱われます。
のれん(資産調整勘定)は、日本会計基準・国際会計基準のいずれかを問わず、5年間で償却することになっています。
一方、負ののれん(差額負債調整勘定)は、5年間にわたって益金にしていきます。
言い換えると、負ののれんで得た利益に対する課税を、5年間かけて支払っていくということです。
(4)負ののれんのもつ危険
ここまでみてきたように、負ののれんは会計・税務を問わず、「利益」として取り扱いわれます。
これは、負ののれんが「売り手企業の純資産よりも安く買えた分だけ、買い手企業の利益とする(=お買い得)」という考え方から成り立っているためです。
そうすると、負ののれんが発生するようなM&Aを繰り返し行っている限り、買い手企業は帳簿上では莫大な発生益を上げているように見えます。
しかし、事業年度をまたいで負ののれんが発生するM&Aを繰り返すと、買い手企業が本来有している収益力等を帳簿上で読み取ることが難しくなります。
このからくりを悪用したM&Aも横行していますが、コーポレートガバナンスという観点からは限りなくグレーゾーンの行為であるといえるでしょう。
そもそも負ののれんの発生原因が売り手企業の事業リスクや経営不振にある以上、帳簿上では大きな利益を上げている企業であっても、売り手企業が有していたリスクが顕在化することによって致命的な業績悪化が懸念されます。
4.負ののれんが発生した具体例2つ
ここまでは、負ののれんの意義や発生原因、会計・税務上の処理などの基本的知識を説明してきました。
負ののれんは具体的なイメージがしづらいため、説明を読んでいてもピンとこない方も多いと思います。
そこで以下からは、負ののれんが発生した具体例を2つ紹介します。
これらの事例を通じて、負ののれんの発生原因や、M&Aではどのような目的で用いられているのかを確認しましょう。
(1)ライザップ
負ののれんが一般に注目されるきっかけとなったのが、2018年11月に行われたライザップの決算説明会です。
飛ぶ鳥を落とす勢いで成長していた同社は、決算説明会では一転し、業績予想を大幅に下方修正させ、新規M&Aの凍結を宣言しました。
同社は、2016年3月末時点では23社だったグループ企業を2018年3月末までには75社へ増加させるなど、急激なM&Aを繰り返していました。
しかも、買収したこれらの企業のほとんどが業績の悪化している企業ばかりで、M&Aによる負ののれんを積み重ねていました。
同社は国際会計基準を用いており、負ののれんを一括利益計上することによって、帳簿上では本業での利益を十分に確保しているかのように装っていたのです。
2018年3月期の営業利益150億円のうち、負ののれんによる利益は50億円と、全体の33%をも占めていたとされます。
先程述べたように、そもそも負ののれんが発生する主な原因としては、売り手企業の業績が悪いことが挙げられます。
こうした企業を買収したのち、経営を建て直すことができれば「安い買い物」といえるかもしれませんが、ライザップはこの再建に失敗しました。
決算説明会で、同社は業績予想を263億円の大幅な下方修正を行うとともに、収益改善の難しいグループ企業の売却と、新規M&Aの凍結を発表しました。
同社の度重なるM&Aの目的は不明ですが、負ののれんは買い手にとって大きなリスクであることが明確に現れた事例であったといえます。
(2)三越・伊勢丹
少し古いケースになりますが、2008年に大手デパートの三越と伊勢丹が経営統合した際にも、700億円もの負ののれんが生じました。
三越伊勢丹ホールディングスの2009年3月期(発足初年度)の連結経常利益は470億円と、本業の利益である営業利益340億円を大きく上回りました。
なお、当時の会計基準では、負ののれんを特別利益として一括計上する現在とは異なり最大20年の償却期間が設けられていた点には注意しなければなりません。
三越伊勢丹ホールディングスは、700億円の負ののれんを5年間で償却することとし、経常利益が年間およそ140億円底上げされる形となりました。
負ののれんが発生した原因としては、売り手側である三越が当時有していた土地の時価が高騰していた一方、土地含み益が買収価格には反映されていなかったことが挙げられます。
会社の保有する資産だけを考えると、三越側としては会社を清算し、土地などの保有資産を売却したほうが利益のある選択であったといえます。
しかし三越側としては、保有資産が常に時価で売却できるとは限らず、また、歴史ある老舗が旗艦店を手放すという選択は利害を超えて阻止すべき事態であったのだと考えられます。
一方の伊勢丹側としては、どれほど土地が高価であろうとも、統合後のシナジー効果に期待し、三越の経営を建て直すことを選択したのだと考えられます。
このように、負ののれんが発生するケースにおいては、単純な利害計算のみならず、M&Aによるシナジー効果等をも考慮に入れて実施の可否を考える必要があります。
5.まとめ
今回は負ののれんの意義や発生原因、会計・税務上の取り扱いなどを紹介しました。
M&Aの実施目的が事業拡大や節税などさまざまであることから、負ののれんが一概に良い・悪いということはできません。
負ののれんが経営に与える影響については、会計や税務のみならず、M&Aに関する専門的な知識と経験が不可欠です。
M&Aの実施にあたっては、のれん・負ののれんに関する基本的な知識をしっかりと抑えるとともに、専門家の意見を取り入れるようにしましょう。