「繰越欠損金って何?」
「適用するためにはどんな要件があるの?」
節税効果のある繰越欠損金という言葉を聞いたことはありませんか?
従来よりよく用いられてきたこの繰越欠損金ですが、しっかりと意義を理解できているという方は案外少ないのではないでしょうか。
そこで今回は、繰越欠損金の意義や、適用するための要件などについて、基礎から徹底的に解説しています。
繰越欠損金については、平成27年と28年に税制改正が重なったため、既に基礎知識をお持ちの方もしっかりと再確認しておきましょう。
この記事を読めば、繰越欠損金に関する基礎知識が身につきますよ!
1.繰越欠損金とは?
繰越欠損金とは、税務上の赤字である「欠損金」を、翌事業年度以降10年間にわたって繰り越すことができる制度のことを指します。
前提として、会計上の利益と、税務上の所得は算出方法が異なるため(例えば減価償却費の扱いなど)、会計上では赤字の企業が必ずしも税務上の赤字であるとは限りません。
法人税等は、会計上の利益からではなく、税務上の所得に対して課せられるため、税務上の所得が赤字であれば非課税扱いとなります。
税務上の欠損金を繰り越すことによって、翌事業年度における所得と相殺することができます。
なお、繰越欠損金は法人税申告書の中で処理するものであるため、会計上の特別な処理は必要ありません。
そのため、繰越欠損金控除後で計算した税金を決算書の「法人税等」に入れるだけでかまいません。
2.繰越欠損金を用いる意義
欠損金を繰り越すことにより、翌事業年度の課税所得と相殺することが可能となるため、節税効果があります。
例えば、1000万円の赤字が出た翌期に600万円の黒字が出たとすると、繰り越した前期の赤字分と相殺することによって納税の負担を免れることができます。
繰越欠損金と黒字金額を差し引きした残額である400万円分の赤字はさらに翌事業年度に繰り越すことができるため、例えば次の期に600万円の黒字が出たとしても、差し引き200万円分にのみ課税されることになります。
ごく一言でまとめると、繰越欠損金の意義は、今期の赤字で来期以降の黒字を相殺することができるという点にあります。
3.繰越欠損金の要件
繰越欠損金は税務上大きな役割を果たすため、適用されるためにはいくつかの要件をクリアする必要があります。
以下からは繰越欠損金を適用するための要件について紹介します。
要件の漏れがあると適用を受けることができないため、しっかりと確認していきましょう。
(1)主体の要件
繰越欠損金控除を適用できる企業は、以下の要件を満たしている法人である必要があります。
・その後の各事業年度も連続して確定申告書(青色申告書でなくとも可)を提出している法人
・帳簿書類等を適切に保存している法人
繰越欠損金控除の適用を受けるためには、以上3つの要件をすべて充足している必要があります。
(2)繰越期間の要件
繰越欠損金として参入することができる額は、決算申告書を提出する法人の各事業年度開始の日より前10年以内に開始した事業年度で、かつ、青色申告書を提出した事業年度に生じた欠損金額に限られます。
この点、平成28年度に施工された税制改正により、平成30年4月1日以降に開始する事業年度においては、欠損金額を繰り越すことができる期間が9年から10年に延長されています。
(3)繰越控除限度額の要件
繰越欠損金として控除できる限度額については、申請する法人の資本金の額や事業年度によって異なります。
平成27年3月31日迄 | 平成29年3月31日迄 | 平成29年4月1日から | |
大企業(資本金1億円超)の控除限度 | 80% | 65% | 50% |
中小企業(資本金1億円以下)の控除限度 | 100% | 100% | 100% |
表から明らかなように、大企業の繰越控除限度額は改正を追うごとに減少しています。
これは、政府が経済において安定志向から成長志向へシフトしている現れであるといわれています。
かねてより日本企業においては繰越控除がひろく行われており、税収の妨げになっていると批判されていました。
今後さらに限度額が縮小されるおそれもあるため、繰越控除に依存しない経営基盤を確立するようにしましょう。
4.繰越欠損金とM&Aの関係は?
繰越欠損金は、買収や合併といったM&Aを実施した際にも、書い手側が引き継ぐことができます。
しかし、この制度を利用し、赤字会社の業務を一切引き継がず繰越欠損金による節税効果のみを主目的としたM&Aが流行するようになりました。
これを受けて税制改正が行われ、M&Aにおいて繰越欠損金を引き継ぐためには以下に述べるような要件が課されることとなりました。
とはいえ、改正による規制は「節税効果のみを目的としたM&A」を規制するために設けられたものです。
そのため、シナジー効果を得ようとするM&Aである場合には基本的に繰越欠損金の利用ができるといえるでしょう。
M&Aにおける繰越欠損金の引き継ぎは、合併の場合と買収の場合とで異なるため、それぞれについて説明します。
(1)合併の場合
合併が行われる場合、原則として、被合併法人の資産及び負債は合併法人に時価で譲渡されたものとして処理されます(法人税法62条)。
しかし、以下に述べる「適格合併」の場合であれば、被合併法人は資産及び負債を簿価で移転することができます(同62条の2第1項)。
そして、適格合併であれば、被合併法人の繰越欠損金は、原則として合併法人に引き継ぐことができます(同57条2項)。
適格合併とは、以下のいずれかの要件を充たす合併のことをいいます。
・合併法人と被合併法人との間に、完全支配関係(持株割合100%)があること
・合併法人と被合併法人との間に、持ち株割合50%超の支配関係がある場合で、以下(a)(b)の要件をすべて満たす場合
(a)被合併法人の、合併の直前の従業者のうち、概ね80%以上の数のものが、合併後の事業に従事することが見込まれていること。
(b) 被合併法人の営む主要な事業が、合併法人において引き続き営まれることが見込まれていること。
・合併法人と被合併法人が、共同で事業を営むための合併として、以下(あ)~(お)の要件すべてを満たす場合(法人税法施行令4条の3第4項)
(あ) 合併法人と被合併法人の営む主要な事業が、相互に関連するものであること。
(い)被合併法人の事業と、それに関連する合併法人の事業の、それぞれの売上金額、従業者数、被合併法人と合併法人の資本金の額の規模の割合が、概ね5倍を超えないこと。
または、
合併前の被合併法人の特定役員(社長、副社長、代表取締役、専務取締役もしくは常務取締役またはこれらに準ずる者で、法人の経営に従事している者)のいずれかと、合併法人の特定役員のいずれかが、合併後の合併法人の特定役員となることが見込まれていること。
(う)被合併法人の合併の直前の従業者のうち、概ね80%以上の数のものが、合併後の事業に従事することが見込まれていること。
(え)被合併法人の営む主要な事業が、合併法人において引き続き営まれることが見込まれていること。
(お)合併により交付される株式のうち、持株割合50%超を有する支配株主に交付される株式の全部が、支配株主により継続保有されることが見込まれていること(株式継続保有要件は平成29年税制改正)。
これらの要件により、以前のように合併だけしておいて被合併法人の業務等を一切引き継がない、といったM&Aは事実上不可能となりました。
(2)買収の場合
買収によるM&Aの場合、買収の日から5年以内に事業内容に著しい変化を生じる一定の事由(適用事由)がないことが要件となります。
以下の適用事由が買収より5年以内に生じた場合、適用事由が発生した事業年度より前に生じた繰越欠損金が使用できなくなり、また、一定の含み損資産の実現喪失について損金参入できなくなります。
- 休眠会社が支配日以降に事業を開始する場合
- 支配日前の事業を支配日以降に廃止し、支配日前の事業規模よりも多額(約5倍超)の借入、出資受入、資産の受入等を行う場合
- 特定の株主等が欠損等法人に対する特定の債権を取得している場合
- 買収会社が適格合併等により解散する場合
- 役員の全てが退任、かつ使用人の約20%が退職し、新事業が買収前の事業規模の約5倍を超えること
特に、買収により子会社化したのち、組織再編(合併や分割)を行う場合にはこれらの適用事由に該当しやすいため、注意が必要です。
(3)M&Aを行う上での注意点
M&Aの際に繰越欠損金を引き継ごうとする場合、強引に要件を充足しようとすると、各種法令に抵触するおそれがあります。
例えば、合併後に被合併企業の役員等を合併企業の役員等として登記だけ行うこと(名義貸し)は、会社法上の責任を追及される場合があります。
ここで、繰越欠損金の引継制限について争われたヤフー・IDCF事件(最判平28・2・29民集70・2・470)を紹介します。
この事件では、通常の「買収→役員派遣→合併」という一連の流れを、引継制限を受けないために「役員派遣→買収→合併」という手順を踏んだことが、不当な租税回避手段ではないかが争われました。
最高裁は「組織再編を利用した税負担の減少を意図し、本来の規定の趣旨・目的から逸脱した態様で組織再編税制の適用を受ける」行為は、権利の濫用にあたると結論づけました。
この判決からも明らかなように、制度趣旨に反するような合併や強引な要件充足は税務署および裁判所から否認されるリスクが非常に高いです。
特に近年は繰越欠損金制度を悪用したM&Aが横行していたことから、税務署等のチェックは大変厳しくなっており、度重なる制度改革もこの姿勢に基づくものであるといえます。
したがって、「繰越欠損金目的でM&Aを行う」のではなく、「M&Aの結果として繰越欠損金を引き継げる(場合もある)」という観点から利用の可否を考えるようにしましょう。
5.繰越欠損金の注意点2つ
ここまでは、繰越欠損金の意義や適用要件などについて紹介してきました。
最後に、繰越欠損金を用いる上での注意点を2つ紹介します。
繰越欠損金は税務上大きなメリットをもたらしますが、せっかくの制度も以下の2点を抑えておかなければ利用することができません。
そのため、利用を考えている場合には必ず以下の2点に注意するようにしてください。
(1)青色申告の取消し
繰越欠損金は、青色申告をしている法人しか適用することができません。
青色申告によるメリットは特別償却や税額控除などもありますが、繰越欠損金が最も大きなメリットであるといえます。
この青色申告ですが、記帳状況等によっては取り消されるおそれがあるため注意が必要です。
例えば所得の隠蔽を行った場合や、2事業年度連続して期限内に申告書の提出がない場合、青色申告者としての承認が取消されてしまいます。
青色申告者は白色申告者に比較して税制面で様々なメリットを受けることができますが、これらの取消事由に該当してしまうと追加徴税されるおそれもあります。
(2)適用要件を確認
繰越欠損金を利用する場合には、適用要件をしっかりと確認するようにしましょう。
適用要件については先ほど詳しく紹介しましたが、考慮すべき事項が多岐にわたるとともに、高度に専門的な知識が求められます。
また、M&Aにあたって繰越欠損金の利用を考えている場合には、M&A実行スキームのみならず、実施後の再編の有無なども考慮に入れる必要があります。
そのため、繰越欠損金を利用する際には、税理士や弁護士といった専門家に相談するようにしましょう。
特にM&Aにおいて用いる場合には、M&A戦略に特化した専門家の意見を取り入れることをおすすめします。
6.まとめ
今回は繰越欠損金について、意義や要件、用いる上で注意すべきポイントなどについて紹介しました。
繰越欠損金に関する法令は近年相次いで改正されていますが、いずれも中小企業にとっては歓迎すべき内容であるといえるでしょう。
経営にあたって課税所得を相殺することはもちろん、M&Aを行う上でも欠かすことのできない重要な概念ですので、この記事を繰り返し読んでしっかりと概念を確認しておきましょう。